小さな世界もままならない

フリーライターだったりショップやってたり写真撮ってたりインスタやってたり色んなところに行ってみたい。本当にただの個人ブログ

はじまりは多分小学生

今日も無事一日の目標を達成した。

昨日から何だかだるくて眠くて、今日はもう無理かもしれないって思ったけどなんとかなりました。

 

今日は何となく、お風呂で思ったので自分のことを書いてみようと思います。

私は自分のことを弱い人間だと思ってて、嫌なことからは目を背けるし逃げて生きてきました。嫌いな人は極力関わらず、当たり障りなく接しようとしてトラブルを避けてきました。

それの始まりは多分、小学生の頃一方的に怒られ嫌われて、蹴られた女の子ととある先生から説教を受けていた時先生が「嫌いな人や苦手な人がいたら近寄らない事」と教わったのを今でも鮮明に覚えいています。

 

実際私は嫌いな友達、めんどくさいことになりそうな人とは縁を切って一方的にこちらから逃げてきています。真剣に人と向き合う勇気がないんでしょう、今抱えてしまった問題も結局は自分が我慢していれば楽しくいられると思っているのです。

 

その一方で私は理不尽に対してあまり文句は言えないタイプです。前職では耐えかねて最後の方は嫌なことは断るようにしていました。(おかげでとても仕事がしやすかった一か月だった)

待たされても文句は言わない方だし、何をされても大丈夫だと思っています。

それでもやっぱり限界はあるみたいだから、愚痴は言うし悪口もいっぱいいう、ストレスと溜まっていくようです。

気づかないうちにたまっていて、たまに爆発したみたいに泣きじゃくることもあって、そんな自分がずっと嫌いなのだけれどでも自分の感情とか気持ちを言葉に表そうとすると詰まってうまく言えなくて泣いてしまうのが定番になりました。

そうなるのが嫌でまた自分の意見とか気持ちを隠し通そうとしているのかもしれません。心底めんどくさい性格なのでしょう。

 

基本的に寂しくても何も言えないし弱くなっていく自分が許せなくて大丈夫であると自分に言い聞かせています。

意味なんてないのかもしれないし、消えてなくなりたいと思うときもあってでも死にたいわけではなくて、消えたいんだって思ってしまう。

 

いつから自分の気持ちを表現できなくなったのかを考えてもきっかけと言うのはなかなか思い出せなくて、幼少期の思い出もいまいち思い出せないんです。

昔から自分が欲しいものもしたいことも、主張して来なかったって気づいていたんだけどでも昔から、物心ついたときからそうなら、直しようがないのではないかとも思いました。

 

だから結局私は優しいようで他人に興味がなくて、愛想があるようで相手のことなどまったく眼中にないのだと自己分析をしました。

そんな私が私は大嫌いなのです。